強いAI(Strong AI)とは、人工知能が人間の意識に相当するものを持ちうるとする考え方である。強いAIと弱いAI(逆の立場)の論争はまだAI哲学者の間でホットな話題である。これは精神哲学と心身問題の哲学を巻き込む。特筆すべき事例として、ロジャー・ペンローズの著書『皇帝の新しい心』と、ジョン・サールの「中国語の部屋」という思考実験は、真の意識が形式論理システムによって実現できないと主張する。一方ダグラス・ホフスタッターの著書『ゲーデル、エッシャー、バッハ』やダニエル・デネットの著書『解明される意識』では、機能主義に好意的な主張を展開している。多くの強力なAI支持者は、人工意識は人工知能の長期の努力目標と考えている。
また、「何が実現されれば人工知能が作られたといえるのか」という基準から逆算することによって、「知能とはそもそも何か」といった命題も立てられている。これは、人間を基準として世の中を認識する、人間の可能性と限界を検証するという哲学的意味をも併せ持つ。
更に、古来「肉体」と「精神」は区別し得るものという考え方が根強かったが、その考え方に対する反論として「意識は肉体によって規定されるのではないか」といったものがあった。「人間とは異なる肉体を持つコンピュータに持たせることができる意識は果たして人間とコミュニケーションが可能な意識なのか」といった認識論的な立論もなされている。この観点から見れば、すでに現在コンピュータや機械類が意識を持っていたとしても、人間と機械類との間では相互にそれを認識できない可能性があることも指摘されている。
ことSF作品における人工知能の役割は、映画「2001年宇宙の旅」に登場するHAL 9000に代表されるような、時には人間のよき友人となり、時には人類の敵にさえ成り得る存在として描かれる。これら作品内で登場する人工知能は完全に人間の替わりとして動作できるものであるが、あくまでプログラムで動作しているにすぎず、人間のような感情を表立って表現するものは稀である。
また、あくまで機械にプログラムするというイメージからか、有機体(バイオテクノロジー等を利用した人工生命体。映画「エイリアン」や「ブレードランナー」に登場する)などは人工知能とは呼ばれていないことが多い。
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近年ではソニーピクチャーズ製作のSF映画「ステルス」に人工知能を搭載した架空の戦闘機が登場している。このステルス戦闘機“エディ(E.D.I.)”は当初は従順かつ正確に任務を遂行するための自動戦闘システムの一部に過ぎなかったが、ある些細な事件をきっかけに自我を持つようになり、ついには自らの意思で指揮系統を離脱し暴走を始めてしまう。人間に対するコンピュータの反乱という点ではHAL 9000と同様だが、「不具合が原因で命令に応じない」HAL 9000に対し、暴走後のエディは「人間からの命令を無価値なものとして却下し、拒絶する」というエゴイズムにも似た(偶発的に発生したものではあるが)思考ルーチンを有する事が最大の特徴といえる。 また、2008年のアメリカ映画「イーグル・アイ」に登場するAIは、合衆国憲法を文字通りの意味で解釈し、現行政府が憲法を逸脱した存在と判断したため、反逆を起こした。これは、「当初与えられた指示の通りに行動しているものの、それを拡大解釈しかねない」というコンピュータへの認識を表している。
2008年、テレビ東京系列で放送中の『ケータイ捜査官7』には、人工知能を備えたロボットに変形する携帯電話が登場する。ドラマに登場するバディケータイ「フォンブレイバー」と同型の「フォンブレイバー 815T PB」がソフトバンクから発売されている。「フォンブレイバー 815T PB」は手足がついていてロボットに変形するほか、「バディトーク」と呼ばれる“人工知能型の待受アプリ”を搭載し、ニュースや誕生日など特定のキーワードに関連付けて携帯電話が話し掛けてくる。また選択肢が出てきて同意を求められることもあり、答えによって親密度が上がっていく仕組みになっている。